ヤンマーホールディング株式会社 技術本部
中央研究所 生産技術センター
ヤンマーテクニカルレビュー
焼入れ解析技術と適用事例の紹介
~焼入れ部品の信頼性向上に向けた取組み~
Abstract
Quenching is a hardening technique for heat treating materials to improve strength and wear resistance. It is widely used for engine and other parts subject to heavy loads. However, as quenching is an extremely complex process involving the interaction of phase transformations and deformation, elucidating how it works is not easy. As the deformations and residual stress left after quenching have the potential to adversely affect part dimensions or strength, recent years have seen considerable work going into using simulation to study the quenching process.
In this instance, Yanmar has devised a new mathematical model for the elasto-plastic behavior of quenching that offers higher accuracy than the model used in the past. The model was implemented using standard finite element analysis software and provides a technique for the reliable and highly accurate mathematical analysis of the quenching process. The accuracy of the technique was evaluated by using it to analyze the induction hardening of crankshafts, confirming that it is suitable for use in assessing actual parts.
1. はじめに
焼入れとは、図1のように金属を所定の高温から急冷することによって強靭な金属組織を生成し、素材の強度や耐摩耗性を向上させる熱処理方法の一つです。ヤンマー製品においても高い耐久性が要求される箇所には、焼入れが行われます。一方で、焼入れは急冷による熱ひずみや相変態により、部品の変形や予期せぬ箇所での強度低下を引き起こす可能性があります。製品の品質を確保するためには、焼入れ中の現象を把握する必要があり、そのために焼入れ解析は非常に有効なツールとなります。

焼入れ解析を活用する効果として、以下のようなものが挙げられます。
- 最適な焼入れ条件を導出し、例えば過剰な焼入れを止めることで、処理過程のCO2排出や大量のエネルギー消費を抑制でき、環境に優しい生産に繋がります。
- 焼入れ条件を事前に検討し、条件導出のトライアンドエラーを減らすことで、商品化までの時間を短縮し、素早い製品の提供に繋がります。
- 測定が非常に困難な部品内部の応力を可視化できるため、焼入れ部品品質の信頼性向上に繋がります。
これらを実現するために本研究では、従来提案されていた焼入れ計算モデル1)を参考に、より厳密に計算することによって、解析の高速化・高精度化を図りました。また、提案した計算モデルをディーゼル機関用クランクシャフトの高周波焼入れ解析に適用し、実測した応力と計算結果を比較することで、計算モデルの精度を検証しました。
2. 焼入れ弾塑性解析の定式化
2.1. 構成式
焼入れ現象を解析的に解くための構成式について説明します。ひずみの計算は、弾性ひずみ
・熱ひずみ
・変態ひずみ
・塑性ひずみ
・変態塑性ひずみ
を考慮し、それらの足し合わせとして全ひずみ
を表現しました。それぞれのひずみは式(1)~(5)の通り計算しました。
は線膨張係数、
は変態膨張係数、
は生成相の組織分率、
は2階の単位テンソル、
は累積相当塑性ひずみ、
は降伏面の外向き単位法線テンソル、
は変態塑性係数、
は偏差応力テンソルを表しています。





金属の塑性挙動を特徴づける硬化則には、滑らかな材料挙動を再現できるように、等方硬化とChabocheの移動硬化モデル2)を融合させた複合硬化モデルを適用しました。移動硬化モデルの発展式は式(6)を用いました。
は分割背応力、
は移動硬化に関する材料パラメータです。

式(1)~(6)のような発展式を直接解くことは非常に困難なため、解析においては一般的に離散化を行い、近似的に方程式を解きます。離散化の仕方は様々ですが、本研究では特に式(6)の離散化を従来と比較して厳密に行うことにより、解析全体の高速化や高精度化を図りました。途中過程は省略しますが、式(6)を離散化し、式(7)を導出しました。解析のn,n+1ステップ目における物理量を下添え字の
,
で表記しています。

2.2. リターンマッピング・コンシステント接線剛性テンソルの計算
リターンマッピング3)は、静解析においてひずみから応力を計算する場合によく用いられます。最初に試行的なひずみを与え、繰り返しの計算によって応力を求める手法です。降伏したか、していないかの判定には、金属材で一般的に用いられるMisesの降伏条件を用いました。降伏している場合は、与えられた試行ひずみを基に式(8)の方程式を解くことにより、応力やひずみを更新しました4)5)。

応力やひずみが求められると、次はモデル全体における内力と外力のつり合いを求めます。その際に、応力テンソルをひずみテンソルで微分したコンシステント接線剛性を正しく計算すれば、解析が理想的な速度で収束し、計算の高速化が期待されます。導出過程は割愛しますが、以下の式(9)の各微分項をそれぞれ計算することで求めました4)5)。

3. 解析結果
3.1. 計算速度・精度に関する検証
上記にて得られた新規の計算モデルを、従来モデルと比較することで、新規モデルの効果を検証しました5)6)。まず、計算速度を検証するための簡易的な焼入れ解析として、立方体のモデルをZ方向に変位拘束した上で、900℃⇒20℃に急冷して焼入れする解析を実施しました。図2は縦軸にとあるステップにおける残差力、横軸に計算の繰り返し数を示しています。残差力は求める解との誤差を表しており、小さくなれば解析が収束したと言えます。新規モデルは従来と比較して、少ない繰返し計算数で残差力が小さくなっており、解析の高速化が確認できました。

また、同様の解析においてZ方向の応力を評価することで、計算精度についても検証しました5)6)。弾塑性を考慮した解析では荷重と変位の関係が非線形となるため、解析を任意のステップに分割して計算します。一般的に分割数を多くすると計算の精度は高くなりますが、計算に時間がかかります。一方で、分割数を少なくすると、計算時間は短くなりますが、計算精度が悪くなります。すなわち、短い時間で精度の高い計算を行うには、少ない分割数で正確な答えを導く手法を構築することが大事になります。
新規手法と従来手法で、同じ解析を分割数のみ変えて3パターン計算した結果を図3に示します。従来手法では計算速度によって計算結果が変化していますが、新規手法では速度に関わらず同一の結果を示しており、高速・高精度に計算できることを示しています。

3.2. クランクシャフト高周波焼入れ解析への適用
新規の解析手法を汎用の有限要素解析ソフトに組み込み、クランクシャフトの高周波焼入れの解析を実施しました5)6)。クランクシャフトはエンジンにおける重要部品の一つであり、高い耐久性を要求される部品のため、高周波加熱による焼入れが行われます。
図4に焼入れしたクランクシャフトの応力計算結果の一例を示します。赤い部分が引張応力、青い部分が圧縮応力を示しています。特に内部の応力は、測定による評価が難しいため、このように解析的に評価することが非常に効果的となります。

図5は、焼入れしたクランクシャフト表面の残留応力を数点計測し、実測と解析で比較した結果を示しています6)。一般的に残留応力は正確な測定が困難ですが、その中でも可能な限り正確に計測できる手法を検討の上測定しました。比較の結果、全体の傾向が一致しており、絶対値の差も計測誤差を考慮するとかなりよく一致しているため、十分評価に活用できる精度であることを確認できました。

本技術によって、焼入れ部品の製造時の応力を評価しました。ここにエンジン運転時の負荷も考慮すれば、使用環境における部品の状態を高精度に予測できるため、お客様に信頼性の高い製品をお届けすることに貢献できます。また、本技術を活用して焼入れの条件を適正化することで、電気エネルギー使用量の低減やCO2の排出量削減も期待され、低GHG化への貢献も期待できます。現状、産業エンジンや大形舶用エンジンを中心に、処理条件の改善や決定などに活用され始めており、今後より広く本技術を展開したいと考えています。
4. おわりに
本研究では、高精度な焼入れ解析の定式化を実施し、計算精度や速度の面から検証することでその有効性を実証しました。さらに、計算したモデルをクランクシャフトの高周波焼入れの解析に適用し、応力について実測と解析を比較することで、本解析が製品の評価に活用できるレベルであることを示しました。今後は本解析技術を活用し、焼入れ条件の検討や改善につなげていきます。さらに他部品への適用も進め、活用の幅を広げていきたいと考えています。
参考文献
- 1)河原木雄介, 福本学, 岡村一男, “変態塑性および移動硬化則を含む焼入れ残留応力解析における陰的積分の効果”, 材料, Vol. 64(4), pp. 256-265(2015).
- 2)Chaboche, J. L., Time-independent constitutive theories for cyclic plasticity, International Journal of Plasticity, Vol. 2, No. 2, pp. 149-188(1986).
- 3)Simo, J. C. and Ortiz, M., A unified approach to finite deformation elastoplastic analysis based on the use of hyperelastic constitutive equations, Computational Methods in Applied Mechanics and Engineering, Vol.49, pp.221-245(1985).
- 4)小川朋也, 吉田昂平, “焼入れ弾塑性解析のリターンマッピング定式化及びコンシステント接線剛性の導出”, JSME M&M2023 材料力学カンファレンス予稿集(2023).
- 5)小川朋也, 吉田昂平, 岡正徳, “焼入れ弾塑性計算モデルの高速・高精度化及びクランクシャフト高周波焼入れへの適用”, JSMS 第73期学術講演会予稿集(2024).
- 6)小川朋也, 吉田昂平, 岡正徳, “焼入れ弾塑性計算解析の高速化及びクランクシャフト高周波焼入れへの適用”, JSMS 第73期第1回塑性工学部門委員会 講演資料(2024).
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