ヤンマーパワーテクノロジー株式会社
小形事業部 開発部 試験部
ヤンマーテクニカルレビュー
産業用エンジンへのパラフィン系代替燃料の適用
~低炭素社会実現を目指して~
Abstract
In the industrial engine industry, alternative fuels are becoming increasingly popular with the aim of achieving a low-carbon society.
Paraffin-based fuels such as Hydrotreated Vegetable Oil (HVO) and Gas to Liquid (GtL) are attracting attention as alternative fuels that are expected to significantly reduce greenhouse gas emissions over the entire fuel life cycle.
The greatest advantage of these fuels is that they have a molecular structure similar to that of conventional diesel oil and can be used as drop-in fuels, thus accelerating Yanmar's efforts to become a low-carbon society without compromising the product appeal of the industrial engines it has cultivated over the years. Against this background, Yanmar has conducted demonstration tests on the applicability and effectiveness of paraffin-based fuels.
1. はじめに
低炭素社会の実現に向けて、産業用機械では石油由来の燃料に代わるエネルギー転換が予測されます。パラフィン系代替燃料は、天然ガス、植物油、動物性脂肪などを原料に合成または水素化処理により製造され、石油由来の軽油(以下、軽油)と比較して燃料のライフサイクル全体で最大90%のCO2削減効果があります。当社の産業用小形ディーゼル機関において、パラフィン系代替燃料適用に向けた技術検証を実施した結果、従来の機関仕様から変更なく運転可能であることを確認しました。
2. 軽油代替液体燃料の種類と特徴
2.1. FAME(Fatty Acid Methyl Ester)
従来技術で製造されるバイオディーゼル燃料は、主に大豆や菜種、パーム油などの植物油や動物性脂肪などの再生可能資源を原料に、エステル化により製造されたFAMEを主成分とする燃料です。CO2排出量削減に貢献できる燃料ですが、樹脂部品の劣化や酸化のしやすさ、フィルタの目詰まりなど品質面での課題があることから、一般的には軽油と混合して使用されます。
2.2. HVO(Hydro treated Vegetable Oil)
HVOは、バイオディーゼル燃料(FAME)と同じ原料から製造されますが、エステル化ではなく水素化処理を行うことで酸素分を取り除いて製造されるパラフィン系代替燃料です。これにより、軽油に近い分子構造を持つため、混合せず100%での使用が可能であり、バイオディーゼル燃料(FAME)を軽油と混合して使用する場合と比較して、大幅なCO2の削減が見込めます。これらのメリットから欧州地域を中心に既に市場で流通しており、今後も普及の拡大が予測されております。
2.3. GTL(Gas To Liquid)
GTLは、天然ガスを原料として合成され、HVOと同じく軽油相当のパラフィン系代替燃料に分類されます。GTLはバイオディーゼル燃料(FAME)やHVOと比較すると原料や製造プロセスの違いにより、CO2の削減効果は小さくなりますが、軽油よりもCO2の排出量は少なく、またメタンを主原料とするため、温室効果ガス削減の観点からも将来的に注目される可能性を持っています。

3. 産業用エンジン適用に向けた技術検証
HVOやGTLなどのパラフィン系代替燃料は原料や製造プロセスは異なりますが、分子構造や燃料特性は同等であることから、それぞれを用いて、技術検証を実施しました。
3.1. 優れた燃焼性能
パラフィン系代替燃料は一般的に、単位体積当たりの発熱量が軽油に対して約5%低下する特徴があることから、機関出力の低下が懸念されます。一方で理論上、流体の体積流量は密度と反比例の関係性にあるため、軽油と比較して密度の低いパラフィン系代替燃料は体積流量が増加すると推測されます。これらパラフィン系代替燃料の特性から軽油に対して出力特性の変化を検証しました。図2はパラフィン系代替燃料使用時の出力特性への影響を示します。左図は出力特性を示しており、コモンレールシステムを適用した機関においては、軽油と同等の出力特性を有していることを確認しました。右図は機関運転時の燃料の体積流量を示しており、パラフィン系代替燃料使用時は軽油と比較して燃料の体積流量が増加したことで発熱量低下を補い、出力特性は変化しなかったと考えられます。一方で機械式噴射装置を適用した機関においては出力が軽油対比で低下する場合があります。

図3にパラフィン系代替燃料による燃焼特性と排ガス性能への影響を示します。左図は燃焼時の筒内圧力と熱発生率を示しており、パラフィン系代替燃料は軽油と比較して着火性の指標であるセタン価が高いため、燃料が噴射されてから燃焼が始まるまでの期間(以下、着火遅れ期間)が短縮する傾向が確認されました。右図はディーゼル機関が軽油を燃焼させた際に排出するNOXとPMの排出量を示しており、パラフィン系代替燃料使用により、共に低減する傾向が確認されました。これは、燃焼特性で見られた着火遅れ期間の短縮により、ディーゼル機関の燃焼プロセスの中で燃料と空気が混合された状態で燃焼する予混合燃焼割合が減少し、筒内ガス温度が低減されたことで、高温燃焼で生成されるNOXの排出量が低減したと考えられます。また、PMは生成に寄与する芳香族成分が少ないため、低減したと考えられます。

3.2. 従来からの仕様変更なく信頼性を確保
パラフィン系代替燃料は粘度が低く、軽油と比較して潤滑性に乏しいため、燃料噴射系部品の摩耗や焼付きが懸念されます。また、芳香族成分が少ないため、樹脂部品が軽油に対して膨潤しにくくなることから、燃料漏れのリスクも考えられます。これらの課題に対して安心してお客様に使用頂くために実機耐久試験を実施しました。
図4は実機耐久試験における燃料噴射量と機関出力の推移を示します。上段は燃料噴射量、下段は機関出力の推移を示しており、共に推移は良好な結果となりました。また、実機耐久試験では樹脂部品からの燃料漏れは確認されませんでした。これらの結果により従来からの仕様変更なく、信頼性を確保できることを確認しました。

3.3. 低温始動性の向上
パラフィン系代替燃料は寒冷地仕様の軽油と同等の流動点を有していることから、低温環境下での使用も可能です。
一般的に低温環境下において、機関を始動する際は筒内温度が十分に上がらないことから、燃料が着火しにくくなり、始動性の悪化や完全に燃焼されない燃料が白煙として排出されます。着火性に優れたパラフィン系代替燃料を使用することでこれらの良化傾向が得られると推測し、低温環境下における機関始動性の検証を実施しました。
図5は低温環境下における機関始動性の検証結果を示します。上段は始動時の機関回転数を示しており、パラフィン系代替燃料を使用した場合は軽油と比較して、機関回転数の立ち上がり時間が短縮し、始動性の良化傾向が見られました。また、図5の下段では機関始動5秒後の白煙を示しており、パラフィン系代替燃料を使用することで軽油と比較して、早期に白煙が消失している結果となりました。

4. おわりに
本稿では、当社の産業用小形ディーゼル機関におけるパラフィン系代替燃料を用いた技術検証結果について紹介しました。パラフィン系代替燃料は、軽油に近い分子構造を持ち、同一の機関仕様において軽油と同等またはそれ以上の機関性能を示すことが明らかとなりました。これにより、パラフィン系代替燃料を使用することで、これまでお客様にご提供してきた商品力を損なうことなく低炭素社会に向けた取り組みを加速することが可能となりました。今後も低炭素社会の実現に向けて、お客様に様々な選択肢をご提供できるよう、技術開発に努めて参ります。
著者


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