ヤンマーテクニカルレビュー

現象論モデルを用いたディーゼル機関燃焼性能予測手法の構築

Abstract

Internal combustion engines have been utilized in the global market as a power source for various industrial applications. Combustion performance, including thermal efficiency and exhaust emissions, are strongly influenced by the ambient conditions and fuel properties. It is known that there are large variations in the density, viscosity, ignitability, and heating value of commercially available fuels. In this study, predictive models of the in-cylinder combustion process were evaluated for a marine diesel engine. The models were calibrated with actual measurement results, and a study of the influence of various fuel properties on engine performance was conducted. The verification results indicated that the models had the potential to be used for combustion performance estimation.

1.はじめに

ヤンマーでは「最大・最適なエネルギを、最少の環境負荷で」を合言葉に世界中のお客様にパワートレインシステムを提供している。パワートレインシステムにおいて動力供給を担うパワーソースには、あらゆる条件下で安定した出力性能を維持することが求められている。内燃機関は各種産業用途のパワーソースとして優れた特性を有しているため幅広く採用されているが、大気条件(気温、気圧)や燃料性状といった稼働環境によって性能が影響されることが知られている。一方で地球環境問題の深刻化に伴って年々排ガス規制が強化されている。欧州では2017年より乗用車向けの排ガス規制として、シャシーダイナモ上での評価に加え、実走行状態における排気性能評価を加えた規制(RDE:Real Drive Emission)が本格導入されている。今後産業用エンジンに対しても実稼働状態での燃費やエミッションに対する関心が高まると予測され、より広範な条件下で安定したエンジン性能確保に努める必要がある。

一般的にエンジンの開発では最初に標準大気条件(25℃、1気圧)、かつ性状が管理された燃料を使用して適合・性能評価を実施し、その後、代表的な仕向先を想定した実機試験を通じて品質確認や調整を行う。しかし、市場が地球規模で広がっている中、実機試験によって全ての稼働状況を網羅することは実質不可能となりつつある。そのため、簡便で精度の高い性能予測手法を確立し、幅広い使用条件での品質を予め確認できる技術構築が求められている。これらの要求に応えるため、筆者らはモデルベース技術(MBD:Model Based Development)によるエンジン性能予測手法の確立に取り組んでいる。本稿では噴射・燃焼モデルを用いた燃焼性能予測の可能性を調査した事例について紹介する。

2.モデルの構築

2.1.エンジンモデルの概要

本研究では米国Gamma Technologies社が提供する解析ツールGT-Suiteを用いて燃焼性能予測モデルを構築した。同ソフトはエンジンの給排気経路や燃料噴射装置(ポンプ、高圧管、インジェクタ)内の燃料といった流体系とクランク、ピストンをはじめとする機構系とを連成させた解析が可能である。流れ解析ではNavie-Stokes式に基づいて質量、運動量、エネルギの保存式を連立させているが、詳細解析に用いる3次元CFDコードとは異なり、空間離散化を流れ方向に対してのみ行うことで速やかに解を得る事ができるのが特徴である(1)

燃焼予測モデルは燃料噴射装置モデルと筒内燃焼モデルの2つから構成されている。最初に燃料噴射装置モデルを用いて任意のポンプ稼働条件における燃料の噴射率を計算し、次に得られた燃料噴射率および給排気圧力などを筒内燃焼モデルに入力して燃焼過程を予測する。なお、噴射系モデル、燃焼モデル共に予め基準運転条件における実測データを用いてシステム同定をしておく必要がある。

2.2.噴射系モデル

対象とした燃料噴射装置は舶用中速機関に用いられているものであり、気筒ごとに独立したポンプ、高圧管、噴射弁で構成されている(Fig. 1)。噴射系モデルはポンプ入口の燃料配管から噴射弁に至る全ての機能部品をそれぞれ単純化された配管要素、機械要素として表現している。以下にプランジャ・バレル部、デリベリ弁(等圧弁)、高圧燃料配管、燃料噴射弁の順にモデル化の内容を説明する。

Fig. 1 Modeling Outline of Fuel Injection Equipment
Fig. 1 Modeling Outline of Fuel Injection Equipment
(1)プランジャ・バレル部

Fig. 2にプランジャ・バレル部の模式図とモデル図を示す。燃料入口配管を介してポンプ内に入った燃料は環状の燃料ギャラリと呼ばれる空間内に一時充填される。燃料ギャラリは連通管路とフィードホールと呼ばれる小孔によってバレル部と接続しており、吸入ストロークにおけるバレルへの燃料供給用バッファ、ならびに圧送ストローク終了時の燃料吐出先としての機能を担っている。モデル化にあたっては、ギャラリを円周方向に細かく分割し、各要素を汎用分岐管としてそれぞれ容積と入口・出口形状を設定した。また、連通管路にはバレル室からの燃料逆流を制御するための絞り部が設けられているが、これをモデル上で表現するため、管路内にオリフィスを設置し、実態に合うように流量係数を調整した。

Fig. 2 Modeling of Fuel Gallery and Plunger Barrel
Fig. 2 Modeling of Fuel Gallery and Plunger Barrel

燃料を圧送するプランジャはポンプ下側に設置された燃料カムとそれに連動するローラータペットによって押し上げられ、バレル内の燃料圧力を上昇させる。実際のポンプではプランジャ側面に斜めの切欠き(リード)が設けられており、燃料圧送はフィードホールがプランジャの上面によって閉塞されることによって始まり、フィードホールがリード下面と交差し、ギャラリ部とリード下部の燃料通路とが連通したときに終わる。なお、燃料噴射量はプランジャを円周方向に回転させ、プランジャの有効圧送ストロークを変える事で調整できる仕組みとなっている。これらの働きをモデル上で表現するため、圧送開始ステップ、圧送終了ステップそれぞれについて、プランジャリフトに対するフィードポートの有効通路面積を設定した。またプランジャの有効圧送ストロークは圧送開始・圧送終了ステップ間の距離を実噴射量に合うように調整して与える事とした。

(2)デリベリ弁(等圧弁)

バレル室で昇圧された燃料はデリベリ弁を通過して高圧管に導かれる。デリベリ弁には噴射終了後の燃料管路内の圧力(残圧)を適正に維持する役割がある。モデル化にあたっては、Fig. 3のようにデリベリ弁を構成する機械部品(弁本体、弁バネ、等圧弁など)をそれぞれの機能を表現する機械要素モデルに割り付けた。デリベリ弁、および等圧弁の変位量はそれぞれのバルブの上下面にかかる圧力と弁バネの荷重を基に演算させている。なお、デリベリ弁のリフト特性を正確に合わせこむため、弁シート部の有効受圧面積をファインチューニングしている。

Fig. 3 Modeling of Delivery Valve
Fig. 3 Modeling of Delivery Valve
(3)高圧燃料配管

高圧燃料配管は設計図面を基に配管径・長さを読み取り、それらをモデル上の配管要素に適用した。

(4)燃料噴射弁

Fig. 4に燃料噴射弁部のモデルを示す。燃料の噴射はノズル噴口上流に設置されたニードル弁によって制御される。ニードル弁は上部にかかるバネ荷重とニードル弁下部にかかる燃料圧による押上力とのバランスで動作する。モデル化においては設計値を参考にニードル弁、リテーナ、弁バネの各質量、ならびにバネ定数、セット荷重を設定し、ニードル弁下面の受圧面積を弁リフト量に合わせて変化させている。また、ニードル弁の剛性の影響を考慮するため、ニードル弁を2つの質量要素に分割し、両者をバネ・ダンパ系機械要素で接続させている。実際の噴射弁ではニードル弁とノズルボディとの間の隙間部より微量の燃料が流出するが、これを表現するため、高圧燃料通路と燃料出口通路の間にリーク配管要素を設置し、実態に合うようにクリアランスを設定している。

Fig. 4 Modeling of Injector
Fig. 4 Modeling of Injector

2.3.燃焼予測モデルの構築

(1)燃焼モデル(DIPulse)
Fig. 5 Schematic of Combustion Model
Fig. 5 Schematic of Combustion Model

Fig. 5に本研究で用いた簡易燃焼予測モデル(DIPulse)の概要を示す。DIPulseは筒内に供給された燃料噴霧の半径方向への分布は考慮せず、ノズル位置から噴霧先端位置までの噴霧中心軸沿いの特性分布から混合気形成過程を予測する。また、燃焼室内の空間は未燃ガス域、噴霧未燃ガス域と噴霧既燃ガス域の3領域に分割され、それぞれの領域内では均一の温度・化学種組成を仮定している。着火前の予混合気形成過程については燃料噴霧の流速と周囲空気温度・密度を基に微粒化・蒸発のプロセスを演算し、運動量理論に従って空気導入量を計算する。また、着火遅れはアレニウス型の反応モデルを用いたLivengood-wu積分によって求め、着火前に形成された予混合気の燃焼速度は火炎伝播モデルによって求めている。予混合的燃焼に続く拡散燃焼期の反応速度は噴霧の混合過程に律速するため、乱流混合モデルに従って反応速度量を求めている。DIPulseで用いられている予混合気形成、着火、予混合的燃焼、および拡散燃焼モデル式をFig. 5中の式(1)~(4)に示す。燃焼モデルの同定にあたっては、熱発生プロファイルもしくは筒内圧履歴が実機結果と一致するように諸係数を調整している。

(2)NOx予測モデル

NOx生成量は既燃部ガス温度を対象に拡大Zeldovich機構を用いて演算する。モデルの合わせこみには実測データを参考に各素反応(5)~(7)の反応速度定数κをそれぞれファインチューニングしている。

3.噴射系モデルの検証

Fig. 6に舶用補機モード(D2モード)各負荷点における噴射圧の実測値とモデル予測値との比較を示す。噴射圧やニードル弁開弁に伴う圧力の段差も含め正確に予測できていることが分かる。

Fig. 6 Verification Results of Injection Pressure Estimation by using FIE Model
Fig. 6 Verification Results of Injection Pressure Estimation by using FIE Model

4.燃料性状の影響調査

舶用機関で用いられる燃料油は主に船舶用ガス油(MGO:Marine Gas Oil)、船舶用ディーゼル油(MDO:Marine Diesel Oil)および舶用残渣燃料油(IFO:Intermediate Fuel Oil)であり、そのうち比較的品質が安定しているMGO、MDOであっても市販軽油(JIS2号軽油)に比べると密度、動粘度、および着火性に大きな幅がある(2)。これは同じ燃料規格(例えばISO8217上で同分類)であっても、寄港地によって燃料性状が変わり、ランニングコストの増加や排気性能の悪化を招く場合がある事を意味する。次章ではMDOを使用する舶用ディーゼルエンジンを念頭に、燃料性状指標の一つである燃料密度を変えた際の燃焼性能への影響を、燃焼予測モデルを用いて考察した。

4.1.燃料密度が噴射率に与える影響

Fig. 7は同一ポンプ稼働条件において、供給する燃料の密度を800~900[kg/m3]の範囲で変更した際の噴射圧と噴射率の比較である。燃料密度増加によって質量流量の上昇によって最大噴射率が上昇し、噴射期間が短縮する。

Fig. 7 Injection Pressures and Injection Rate for Various Fuel Densities
Fig. 7 Injection Pressures and Injection Rate for Various Fuel Densities

4.2.燃料密度が燃焼に与える影響

前項で得られた噴射率予測結果を基に燃焼プロセスを予測した結果をFig. 8に示す。燃料密度の増加によって乱流混合が活性化し、主燃焼期の熱発生が高くなっていることが分かる。Fig. 9に燃料密度を変更させた際の筒内最高圧力(Pmax)、NOx濃度、燃料消費率の予測値と、実機試験で得たJIS#2軽油、A重油における評価結果を示す。JIS#2軽油とA重油には燃料密度以外にも動粘度や蒸留特性、低位発熱量、セタン価等様々な特性に差異が存在するため、この結果から直接密度の影響を議論する事には無理があるが、定性的な傾向は概ね一致していることから、今回確立したスキームによってある程度燃料性状の影響を予測できたと考えている。今後はモデルの精度向上に努め、各燃料物性指標の寄与度分析等を通じて燃料性状が燃焼性能に与える影響をより詳細に明らかにするとともに、モデル化の対象を大気条件にも広げ、幅広い設置環境でより安定した性能を確保する技術開発につなげていく予定である。

Fig. 8 Combustion Profiles on Various Fuel Densities
Fig. 8 Combustion Profiles on Various Fuel Densities
Fig. 9 Verification Results for Combustion Estimation Models
Fig. 9 Verification Results for Combustion Estimation Models

5.おわりに

国内外で叫ばれている電動化の流れや、更なる排気規制の強化、原油価格の乱高下などによって内燃機関は試練の時を迎えたと言われている。しかし、重要なことは地球環境を守りながら、お客様のLCV(Life Cycle Value)を最大化しうる最適なパワーソースを提供する事である。これまで培ってきた内燃機関の良さを活かしつつ、より幅広い稼働条件で、より高い熱効率とよりクリーンな排気を実現する事が社会貢献につながると考え日々技術開発に取り組んでいる。今回紹介した技術をはじめ、ヤンマーが取り組んでいる様々な技術開発を通じて「A Sustainable Future」を実現していきたい。
最後に本研究を遂行するにあたって株式会社IDAJ様、ならびに中央研究所の井堀智美氏に多大なご協力を頂いた事を記し謝意を表します。

6.参考文献

  • (1)大瀧康宏;1次元エンジンシミュレーションツールの現状と適用例,日本マリンエンジニアリング学会誌,第44巻 第3号,(2009)
  • (2)IMOのSox規制強化による船舶用燃料への影響(1),JPECレポート,第17回,(2015)

著者

中央研究所

朝井 豪