営農情報

2013年6月発行「FREY1号」より転載

日本最大の渡り鳥の飛来地を舞台に有機栽培にこだわったブランド米を生産

水田は人間にとって食糧生産の重要な場であると同時に、渡り鳥にとっては餌場や休息地であり、また魚や水生昆虫にとっては棲みかである。
自然界のバランスを維持し、農業と自然との共生が時代のテーマになっているが、そのお手本ともいえる取り組みが宮城県大崎市蕪栗地区で行われている。

(有)蕪栗千葉農場

千葉 孝志 様

宮城県 大崎市

Profile
個人経営から平成17年に法人化。千葉社長の他に社員4名(妻、長男を含む)で有機JAS米を約40ha生産。さらに、自ら組合長を務める蕪栗米生産組合が生産する有機JAS米と特別栽培米を全量一括して買い取り、販売する。総出荷量は年間約2万俵に及ぶ。

十万羽のマガンが越冬し多彩な生物が棲む自然郷

大きな羽音と共に、シベリアから越冬に来ていた約10万羽のマガンの最後の群れが、一斉に沼から飛び立った。鳴き声をあげながら空を乱舞し、やがてV字編隊をなして北の空へと帰っていった。それを見送った(有)蕪栗千葉農場の千葉孝志代表は「さあ、いよいよ今年の米づくりが始まるぞ」と足早に育苗ハウスに向かった。

ここは、日本最大の渡り鳥の飛来地・宮城県大崎市蕪栗地区。蕪栗沼を中心に湿地帯や水田が広がり、マガンやハクチョウ、ドジョウ、フナ、カエルなどの他、絶滅寸前の希少生物も棲息しており、国際的に重要な湿地の生態系を守るラムサール条約にも登録されている。
一年を通して様々な表情を見せる自然。その中を時間がゆっくりと流れる。多様な生き物たちにとってかけがえのない豊かな自然と風土を維持するために、この地で農業を営む人々はヨシやカヤが生い茂った一角を沼に戻したり、用水の管理をしながら、環境に配慮した農業を行っている。その筆頭が千葉さんだ

約十万羽のマガンが冬を越す豊かな自然環境を地域全体で大切にしている蕪栗米生産組合の皆さん。

有機米や特別栽培米を大手有名企業と契約栽培

「有機肥料中心の土づくりに力を入れ、自然再生を目標に田んぼの生き物と共生しながら米を栽培する。これをポリシーに、私個人は約25haで特別栽培米(農薬、化学肥料不使用)と有機米をつくっています。さらに周りの農家にも呼びかけて仲間づくりを進め、現在60名で蕪栗米生産組合として計250haで、有機JAS米や特別栽培米を生産しています。皆、この風土ならではのいい米をつくろうという熱い想いの持主ばかりで、一生懸命取り組んでいますよ」と千葉さんは胸を張る。

各人がつくる米の品質が均一になるよう、組合員は千葉さんの指導のもと同じ資材を使い同じ栽培基準で生産する。収穫前には米の品質検査を実施。すべての田を回り、1枚につき2カ所から穂のサンプルをとり、日本穀物検定協会に依頼して食味値や整粒割合を計って貰うという念の入れようだ。

こうして収穫された米は、千葉さんが一括して買い上げ、常温除湿乾燥システムで乾燥・調製を行った後、「Re蕪栗米」のブランド名で販売する。売り先の半分は安心・安全な食材にこだわる外食メーカー(ハンバーグレストランを全国展開するびっくりドンキー)や安全な食材を宅配する宅配専門団体(大地を守る会、らでぃっしゅぼーや)との契約販売、残り半分は大手精米卸販売業者(神明など)に卸す。総出荷量は年間約2万俵、金額にして4億円を超える。

完熟堆肥をたっぷり使って育てた「Re蕪栗米」はブランドに。
Reとは、リサイクルやリカバーなどと同様、「再び」「戻す」という意味が込められている。
完熟堆肥

貝殻粉など有機資材で土づくり天然忌避剤で害虫や雑草を防ぐ

近年、自然との共生を目指した農業に取り組む農家も増えてきている。だが現実は厳しく、特に有機栽培では雑草処が一番の難題で、収量が減ったり手間が余分にかかる。それでも千葉さんはあえて有機栽培にこだわり、生き物への配慮を優先し無農薬に徹する。そのため雑草・害虫対策など障害をクリアする方策を研究し、収量確保や省力化を図っている。
例えば、田の秋起こしは本来ならできるだけ深く耕した方が稲の生育にとって良いのだが、千葉さんは土の中にいるドジョウやミミズが寒風に晒されて死んでしまわないよう、浅く起こすだけに留める。そして、自家製の完熟堆肥や天然の有機資材を活用することで、深く起こすのと変わらない生きた土にする。また、殺虫剤や殺菌剤を一切使用しない代わりに、天然の忌避剤も活用する。なかでも三陸沿岸の漁師から仕入れるカキやホタテの貝殻粉はスグレモノ。抗菌機能があり石灰分が土のPHを調節し、ミネラルによって食味も良くなり収量も上がる。また、害虫への忌避効果やコナギの抑草効果も高い。

「厄介なのはカメムシ。第二世代が生まれる時が稲の出穂時期に重なるので、出穂が始まってから1週間おきにホタテの貝殻粉を30haの田んぼだと5kgずつ3回散布すると、カメムシの被害がほとんど出なくなります。経費も3回の散布で10a当たり650円と経済的。他にもニーム(インドセンダン)の茎葉を乾燥させ煮出した自家製の液を噴霧器で撒きます。虫への忌避効果は高いですよ」

また雑草対策では、ヒエを1本でも見つけると、まず千葉さんが1日がかりで草を取り、その後、シルバー人材センターに頼んで2週間、徹底的に草取りをして貰う。また、抑草効果の高い有機資材として、前出のホタテ貝殻粉の他、くず大豆も活用。移植時に入れると水中で腐り、溶け出た成分が雑草の発生を抑え、その後は肥料として長期間効くそうだ。また、冷害対策技術である深水管理をずっと励行しているが、雑草対策にも効果が高いという。

一方、余分にかかる労働時間は、田んぼの畔を取り外し、1枚を大きい所は2ha、最小でも80aに大区画化することで、大型機械による作業の効率アップや労働時間の短縮を図っている。こうした栽培技術向上への探究心や創意工夫が、自然と共生する農業の課題を一つひとつ乗り越えさせていったのだろう。
「有機栽培の米で生計を立てようと思っているから、当たり前です。この積み重ねで、私の田んぼは農薬や化学肥料を使わなくても、おいしい米がつくれるようになりました」と千葉さんは目を輝かせる。

有機栽培へのこだわりが販路開拓に結び付く

それにしても、高品質で付加価値の高い米をつくっても、難しいのは販路の開拓。千葉さんはどのようにして売り先を探し、大手の企業との取引に成功したのだろうか。
「最初はポット苗生産グループ仲間の紹介で、減農薬の米を探していた『大地を守る会』から声がかかりました。早速、米づくりへの想いを伝え、消費者はどんな米を求めているのかニーズを聞くために、マガンが来る時期に蕪栗ツアーを企画して交流会を開いたのです。これが功を奏して平成5年から契約栽培が始まりました。安定的に計画栽培ができる契約栽培は魅力でしたね」

しばらくして「びっくりドンキー」を経営する(株)アレフからもアプローチがあり、熱い想いを一生懸命訴えることで、担当者の心を掴み、契約に至った。そうした積み重ねで現在がある。

蕪栗米を全国区ブランドに発展させるために

渡り鳥から越冬地として選ばれ、たくさんの生き物が棲息する希少価値のある環境。その風土の中で手をかけて生産した自慢の「蕪栗米」は、今や地元で人気の地域ブランドになった。この米をもっと広く全国の消費者に提供し、全国区ブランドに発展させたいと、積極的に販路の拡大に取り組んでいる。例えば、大手外食産業や食材流通組織だけでなく、一般消費者に対してもホームページや通販サイト、フェイスブックでPR。さらに、山形県で品種開発されコシヒカリと肩を並べるおいしい米として脚光を浴びている「つや姫」に注目。無農薬で栽培してみたところ、「これを食べた人は必ずリピーターになる」と千葉さんは確信。「山形のつや姫」でなく「蕪栗のつや姫」に育てたいと生産・販売を開始すると、早くも外食産業からオーダーが来たそうだ。

千葉さんの試みは多岐にわたり、「蕪栗のつや姫」もその一環に過ぎない。それほどまでの精力的な姿勢を維持できる原動力は、やはり消費者においしい米を食べて貰いたいというただ一つの想いに尽きるようだ。
「命がけで仕事をしてきた気がします。手塩にかけてつくった米をもっと多くの人に食べていただきたいので、ホームページも立ち上げて一般の消費者向けの販売も開始しました。仲間たちには他の農家から委託を頼まれたらどんどんつくっていいよ。全部私が売ってあげるからと言っています。そうなると乾燥施設も大きくしないと。1万俵の処理能力を持つカントリーエレベーターを自分で立ち上げるのが次の目標です」

自然と共生しながらも、システム化を図る千葉さんの夢は広がりの一途をたどる。それが叶う日もそう遠くはないだろう。

ホームページでは千葉さんの有機米栽培への熱い想いがよく伝わり、見るだけでも楽しい。ネットでの通信販売も行っており、数種類の品種を少量ずつ組み合わせたお試しパックも好評。また、フェイスブックでも書き込みが相次ぎ、クチコミで蕪栗ファンが急増。
“田んぼに生き物が戻ってくるように”と千葉さんが田んぼの一角につくったビオトープ。最初にメダカを10匹位持ち込んだのが今では1万匹に。春にはミズスマシやゲンゴロウ、オタマジャクシなどの姿が見られ、時にはカワセミなどの珍客も訪れて心が和む。NPOの研究機関などが生物の生態調査に来ることも多い。

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