営農情報

2014年6月発行「FREY3号」より転載

夢に描いた規模拡大を着実に実現。次なる夢は消費者に選ばれる酪農経営

“次世代酪農”(後継者が魅力を感じ、継ぎたくなる酪農)を夢見て、規模拡大に励んできた。6頭からスタートし20年間かけて100頭まで増頭。その後は10年で1000頭規模を実現した。
若い人材を積極的に雇用、環境対策でも独自の手法を確立。乳製品の加工および観光農業など6次産業化に踏み込み、消費者に選ばれる酪農経営を目指している。

農業生産法人 (有)ロマンチックデーリィファーム

須藤 泰人 様

群馬県 利根郡昭和村

Profile
1954年群馬県生まれ。大規模酪農経営にロマンを抱き、地道に規模拡大をしてきた。
成牛と育成牛を合わせた頭数は約1200頭で、県内でも有数の大規模経営体である。
売上金額は約7億円。従業員は約30人。群馬県農業法人協会会長もつとめる。

「次世代酪農」の実現にむけて邁進

18歳の夏休み、須藤泰人さんは北海道の牧場にいた。父親が営む酪農を継ぐことを頭では決めていたが、「これでいいのか」と悩むもう一人の自分がいた。研修で訪れた帯広市内にある牧場で汗を流して、腹が決まった。「酪農でやっていこう」――。

決心が固まった以上、少しでも早く仕事の流れを頭にたたき込もうと思った。高校の先生に電話し、「北海道での研修を延長したい。2学期の始業に間にあわない」とおわびの電話を入れた。「昔はのんびりしていたんでしょうね。先生も許してくれたように記憶しています」。卒業後、1年間は群馬県畜産試験場で研修を受けて20歳で就農。乳牛6頭からのスタートだった。

直面した現実は甘くなかった。搾乳、給餌、糞尿の処理と仕事に追われ、1日たりとも休みはない。頭数を増やせばそれだけ仕事は増える。それでも須藤さんは歯を食いしばった。「牧場を大きくしたい」というロマンがあったからだ。「頭数を増やし、搾乳を機械化すれば作業が平準化するので、ベテランでない人でも雇用できる。すると休みがとれる。頭数が増えれば売上が増え、きちっと給料も払える。そういう牧場であれば後継者もやってみたいと思うでしょ」。後継者が自らやってみたいと思う酪農経営を、須藤さんは“次世代酪農”と名付けた。

1997年、国の補助事業を活用してフリーストール牛舎とミルキングパーラーを導入する機会が到来した。この期を逃さず、須藤さんは規模拡大に舵を切った。翌年にも融資を受けて初妊牛を導入、2000年には成牛のための牛舎を増設と立て続けに施設を整備し、100頭規模の経営を実現した。それでも「導入した牛が搾乳できるようになるまでの最初の2、3年は資金繰りが大変でした」と振り返る。さらに頭数が増えれば、その分の子牛用牛舎、糞尿処理施設も増設しなければならない。なんとかハードルを乗り越え、経営のサイクルがうまく回るようになった。

ハードルを乗り越えるにあたって大きな役割を担ってくれた人たちがいる。経営面と生産面を各々指導してくれるコンサルタントだ。生産面を指導するコンサルタントには月2回来てもらい、牛の健康管理に問題はないか、飼料と繁殖の状況は良好か・・・などデータを踏まえた現場指導を受ける。就農当時から一頭ごとに乳量や乳成分のデータ管理は続けてきたが、より客観的な視点で検証し、改善策を提案してもらえるようになった。コンサルタントとの会議には社員も参加する。さまざまなデータや牧場の課題を社員全体で共有するようになったことは、生産性の向上に多いに貢献した。

わずか10年で頭数は10倍に

6頭を100頭に増やすまでに20年がかかった。だがそこからわずか10年で1000頭を超すまでの大規模経営体に成長。「金融機関からの信用力が増したこと、そして人が育ったことが大きいと思う」と須藤さんは言う。

97年に牛舎を建設した翌年に初めて、2名の学卒者を新入社員として受け入れた。99年には法人化を果たし、社会保険制度を整えたことでさらに雇用がしやすくなった。「社員が15人ぐらいになった頃かな。とにかくうれしかった。若い人がうちの牧場を選んで入ってくれるようになったことは自分にとって自慢でした」(須藤さん)。

牧場で働きたいという若者には事前に研修を受けてもらった上で、作文を書いてもらい、判断する。毎年3人ほどを雇用するが、そのうち2人は女性。男性並みに仕事に励むという。須藤さんは社員にむけて「将来はうちの牧場をこういう経営にしたい」と方向性やビジョンを伝えるようにしている。「話す以上、実行しないわけにはいかないし、自分が夢を語ることで若い社員も自分なりの目標を持つようだ。うまい具合に相乗効果になっています」

13年には念願だった繁殖から搾乳までの一貫生産体制が整った。以前は妊娠牛を北海道から導入していたが、牧場内で生まれた子牛を育成し、搾乳牛まで育てるサイクルが完成した。親牛一頭ごとの成績のデータがすべて手元にあるため、優れた系統の牛を選抜して、搾乳牛として育てることができる。「一頭あたりの搾乳量が年間で1万キロリットルだが、さらに生産性を上げることができそうだ」とうれしそうな表情で語る。ただ、規模拡大に伴って大変になってきたのは環境対策。1000頭規模になると、1日に発生する糞尿が30~40トンにもなる。

ロマンチックデーリィファームでは他の牧場には見られない設備がある。搾乳牛舎とホスピタル(出産直後の牛や病気の牛がいる)牛舎に完備した「フラッシュシステム」だ。1日に3回、牛舎内の床に10~20トンという大量の水を流して洗浄する。常に床がきれいな状態に保たれるので、臭気対策のみならず、牛の足の爪に病気が入るのを予防でき、牛の健康管理にも役立つ。

堆肥の処理方法も独特だ。牛舎から出る畜ふんは急速発酵コンポストやスクープ式発酵機によって好気性発酵させる。完熟させた堆肥の約半分を現在、牛舎の敷料としてリサイクル利用している。以前はおがくずを敷料にしていたが、おがくずに雑菌が入り込むリスクがあった。これに対し、同社の堆肥は70℃の高熱により悪玉菌や雑草の種子が死滅するので、むしろ衛生面はよくなったという。敷料として活用することで、堆肥の回転率は大幅に上がった。堆肥は昭和村内の近隣農家に出荷している。

搾乳牛舎とホスピタル牛舎に完備されたフラッシュシステム。一気に流れる大量の水によって床をくまなく洗浄する。
糞尿を急速発酵処理するコンポストを3基備えている。1日に15トンの糞尿を処理できる。

目指すは消費者に支持される酪農

3年前に長男の史生さん(31)が入社。現在、常務取締役として牧場全般を見ている。須藤さんが目指していた“次世代酪農”がついに実現したことになる。それでも須藤さんは「私のロマンの達成度からすればまだ50%だ」と気を引き締める。

須藤さんが温めている計画は6次産業化だ。酪農を消費者に身近に感じてもらえるような観光牧場を開設し、搾りたての生乳を使った各種乳製品の製造・販売を計画中だ。牛に与える牧草の段階から特色を出し、有機栽培の牧草を米国から輸入し、安全に配慮した加工品をつくることも考えている。そこまでこだわるのは貿易自由化を見据えてのこと。TPPやEPAなど国際化の波は高まりつつあるが、消費者に選んでもらうためには、「6次産業化まで踏み込んで、川下に近づいていくしかない」という確固たる思いがある。加工品は観光牧場を訪れる人やインターネット、また地域によって宅配も行う計画だ。

ただ「その前にやるべきことがある」と言う。価格が上昇しつつある飼料費への対策だ。ここ数年、中国や中近東などで畜産飼料の需要が急増し、価格が高止まりしている。そこに円安も手伝って、飼料代が円安になる前に比べ約30%上がった。

須藤さんは県内の食品工場から出る副産物を現在使う飼料の一部に代替できないかを検討中だ。規格外になった麺類や菓子類を牧場まで輸送する手段が確立できればすぐにでも導入するつもりだ。また、県内の稲作農家と連携し、稲わらを調達して粗飼料として活用し、牧場の堆肥を稲作農家に供給する耕畜連携も検討している。これらの目途が立てば、6次産業化に本格的に乗り出すという。

実は須藤さんにはさらなる構想がある。加工品のみならず生乳も含めて生産から流通・販売の一貫体制をつくることだ。現在は一部の乳業メーカーを除き、生産は農家、牛乳および乳製品の加工販売は乳業メーカーと分業体制になっている。「メーカーとして流通販売まで完結できればというのが夢。そこまでいけばロマンは100%達成」という。牛に与える牧草も自給できればと夢は広がる。最後に須藤さんは語った。「いくらでもやりたいことがある。酪農も農業も可能性がいっぱいある産業です」

社名はロマンある酪農を目指して命名。会社として、社員が牧場業務に必要な人工受精師、削蹄師など資格を取得する際の支援もしており、人工受精師として独立開業した元スタッフもいる。「若い人たちに選ばれる職場」が須藤さんのロマンでもある。

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