営農情報

2017年3月発行「FREY9号」、2017年7月発行「FREY10号」より転載

暑熱と離島という困難を克服して築いた持続的な酪農経営

周知の通り乳牛は暑さに弱く、過ごしやすい温度は4~24℃とされている。対して石垣島の年間平均気温は24℃を超える。そんな酪農経営にとって始めから大変な困難を伴う場所で、伊盛牧場は1985年に肉牛から乳牛に転換して経産牛を70頭にまで増やした。さらに生乳だけでなく、ジェラートやハンバーガーの製造と販売も手掛けて事業規模を広げている。

農業生産法人 有限会社伊盛牧場

伊盛 米俊 様

沖縄県 石垣市

Profile
経営規模は経産牛70頭、育成牛40頭、草地10ha。牧場近くと新石垣空港で、自社の生乳や地元産の果実を原料にするジェラート、自社の精肉で製造するハンバーガーやハンバーグを販売する「ミルミル本舗」も運営。スタッフは酪農部門が正社員として5人、ミルミル本舗がパートとして16人。沖縄県農業法人協会会員。第65回全国農業コンクール大賞受賞。平成28年度農林水産祭 天皇杯受賞。

西日が差し込まない場所と構造

亜熱帯海洋性気候に属する石垣島で酪農を経営するだけあって、伊盛牧場には暑熱を回避するためのいくつもの知恵や工夫が施されいる。代表である伊盛米俊さんが牛舎を建てる際、まず考えたのがどこに設置するかだ。適地を探して歩き回るなかで決めたのが現在の牛舎が立つ山の中腹だ。
「もっと高い場所のほうが風通しはいいけれど、逆に西日が当たりやすい。総合的に判断して今の場所にした」と伊盛さん。

その畜舎は国道を折れて、坂道をゆっくりと下っていった先にある。じつは牛舎が立つこの場所はかつてもっと高台にあった。その台地を削って辺りよりも低くすることで、西日がなるべく差し込まないようにした。同じ理由から、坂道に立ち並んでいたヤシの木は切らずにそのまま残している。

建物の構造にもいくつものアイデアが張り巡らされている。そもそも建物は東西に長い構造をしている。つまり西日に対して接する面積が小さい。
その牛舎は事務所と併設している。最も西側は事務所が占め、その東側に牛舎が隣接する格好である。これは事務所が緩衝地帯となることで、牛舎になるべく西日が差さないようにするための工夫である。

二頭に一台の細霧冷房

細霧冷房にしても念入りにしている。二頭に対して一台の細霧冷房が当たる構造になっている。
ポイントは細霧冷房の向きは同じにしていること。それも風向きは乳牛の背後からではなく、横からにしている。伊盛牧場の場合、東西に長い牛舎となっていて、西側から東側に向けて風を送り込む構造になっている。こうすることで風がよどむことなく、端から端へと吹き抜けるという。

後継牛の選抜に雌雄判別精液

乳量を上げる工夫はこれだけにとどまらない。そのひとつは後継牛の選抜である。伊盛牧場は酪農王国である北海道から子牛を仕入れてきた。当然、優良種は北海道の酪農家が独占し、その残りが石垣島にもまわってくる。結果、全国と比べて乳量は思うように伸びていかないのが実態である。
そこで伊盛農場が注力するのが選抜だ。飼育している中でも事故が少なかったり乳量が多かったりする優良種が存在する。それを母牛として、優良な雌牛だけを選抜する。「基から変えていかないとダメだ」と伊盛さん。そのために役立つのが雌雄判別精液。高確率で雌牛を生み出せる。

とはいえ伊盛さんは全国平均以上に乳量を伸ばすつもりはない。現在は7600リットルまで伸びているが、せいぜい8000リットルで満足だという。これは経済的視点からみて有意義だからという。伊盛農場は粗飼料をすべて自給している。最大の理由は経営に占める粗飼料の割合が高いからだ。自給することで経費節減になる。だからこそ乳量はほとほどにしているのだ。飼料を自給することについては貪欲だ。畦畔の雑草もすべて刈り払い、飼料に回している。これには景観保全もある。

自家配合で飼料調達のリスク回避

では、濃厚飼料の調達はどうしているのか。じつは伊盛農場は配合飼料を使っていない。代わりに島内の飼料販売会社が肉牛向けに貯蓄している圧扁トウモロコシや麦、ふすまなどの単味を購入し、すべて自家配合している。これは離島ならではのリスクを避けるためだ。

いうまでもなく石垣島は台風銀座である。大型台風ともなれば船が欠航し、二週間は家畜飼料が届かないことはざらだ。このとき、真っ先に優先されるのは当然ながら人の生活必需品。自然、飼料は後回しである。
伊盛さんはそうした際でも島内で飼料を調達すべく、単味に目を付けた。台風が来襲して配合飼料の輸送が滞ったとしても、単味なら島内で備蓄されているのでいつでも手に入る。

自家配合しても、配合飼料を購入するのとコスト的には変わらないという。自家配合は牛舎の入り口の一室で行っている。容量を計測できるバケツに入れて、一頭一頭の健康状態に応じて給餌する。
「餌をあげるのは一日に四回、これに365をかけたのが年間の回数になる。そうなると、1kgの違いが大きくなることが分かる。酪農経営はこの掛け算ができないと駄目なんです。これができないと、経営が破たんしてしまう」

自家配合した餌を適切に与える効果は乳量にしっかり現れていて、乳脂肪率は3.8~4.0%と好調だ。

ゆっくりとした傾斜のある牛舎

粗飼料はすべて自給している伊盛牧場。もちろんホールクロップサイレージもそうだ。その給餌の仕方には特徴がある。東西に長細い牛舎の中央に敷設したコンクリートの道はその幅を約4mと広くとっている。理由は小型のホイルローダーを通すため。ホイルローダーがホールクロップサイレージを西から東に向けて押しながら、絵巻物を解くようにして、こちらから向こうに広げていく。この際、うまく転がるよう、じつはコンクリートの道は西から東に向けて非常にゆっくりとした下り坂になっている。高低差が西の端と東の端で数十センチあるという。
「傾斜をつけないと、うまく転がっていかないんだよ」

ホイルローダーを通せるようにしたのは掃除のためもある。乳牛が食い散らかしてコンクリートの通りに残っている残さを東側に押していく。その向こうにあるのは堆肥舎。ここに残さを入れて、家畜糞尿と混ぜて攪拌しながら、たい肥に仕上げる。

ほかにこの牛舎の特徴を挙げれば、開放的であることだ。側面には支柱があるのみ。これも台風対策だ。暴風雨が吹き荒れた場合、間口が狭いと牛舎内の気圧が一気に増して、強度が弱い天井のトタンが吹き飛んでしまう恐れがある。開放的にして、風の逃げ道にしているのだ。

伊盛牧場は、暑熱や台風といった困難にあっても、知恵と工夫で独創的かつ持続的な経営を築いているのであった。

乳肉兼用でジェラートとハンバーガーを核にした観光事業を拡大

伊盛牧場の酪農経営の特徴は一言でいうと「乳肉兼用」。乳用としての役目を終えた牛は肉用にするという考え方である。暑さが厳しい環境にあって一頭当たりの生乳の生産量をあえて伸ばさない分、生乳はジェラートに、精肉はハンバーグに加工するなど付加価値の高い経営を目指している。

「乳肉兼用」をうたう伊盛牧場の象徴は、牧場から300mほど離れた丘で営業しているジェラートの販売店「ミルミル本舗」にある。この丘は伊盛さんが16歳のときに農業を始めるきっかけになった場所。西表島を真正面に臨む海岸沿いの開けたその草原からは、右を見ても左を見ても見渡す限り紺碧の海が広がっていて、まさに絶景である。「いつもこの景色を眺めながら仕事をしたい、と思ったのが農業を始めた最大の理由だね」

伊盛さんは2010年、その願いをかなえた。野原だったこの丘を切り開き、建てたのはジェラートの加工と販売をする「ミルミル本舗」。オシャレな店内ではパイナップルやパパイヤ、マンゴー、紅イモ、パッションフルーツ、島バナナなど40種類もの味が常に並ぶ。

もちろん原料となる生乳は自社でまかなう。練りこんでいる果物と野菜はともに石垣島産ばかり。周囲の農家が生産したもののうち、市場流通には向かない品を買い取っている。ジェラートを買った方は店内で食べてもいいし、草原にある椅子に腰かけて絶景を前にしながら楽しんでもいい。

リスクヘッジとしてのジェラート

ここでジェラートを加工し、販売することにしたのは、酪農経営に対する危機感とも関係している。「30年前と比べて乳価が変わらないことに不安を覚えるようになった」と伊盛さん。

リスクヘッジとして思いついたのは加工品、特にチーズとジェラートの二つ。ただし、チーズはすぐにあきらめた。というのも、伊盛牧場で飼育している経産牛は70頭ほどで、一頭当たりの平均乳量は年間7600リットルに過ぎない。チーズは生乳の使用量が多く、自社だけでは生乳の生産が追い付かないと思ったからだ。伊盛さんは東京でジェラートづくりの研修を受けた後、イタリア製の製造機を購入した。

景色と地元客が人を呼ぶ

石垣島といえば観光客数は右肩上がり。とりわけ香港との直行便が就航した2016年には過去最多の120万人以上が訪れている。それに合わせて2013年には石垣空港にも「ミルミル本舗」の二号店を出店した。一号店と合わせていまや年間6万人が訪れるほどの人気ぶり。

とくに景色のいい一号店は夏場ともなれば、店内に入りきらないほど混雑する。人気の秘訣を問うと、「やっぱり景色かな、これだけいいところだから。店のイメージは大切だよね。あとは従業員の皆がちゃんと対応をしてくれているところ」

人気の秘訣はもうひとつある。それは伊盛牧場が最も大事にしているのは地元在住のお客さんということ。「観光は水物。かつて60万人だった観光人口は120万人にまで増えているけれど、いつかまた60万人にまで減るかもしれないしね」
それに地元在住のお客さんは強力な宣伝マンでもある。彼ら彼女らが伊盛牧場の存在や魅力を口コミで広げ、島の内外の人たちを呼び寄せてくれる。だから宣伝広告費は一切使っていない。概して広告に関しては自社で宣伝するのは効果薄。他人が口コミしてくれたほうが信頼性は高く、高い効果が期待できる。

2017年2月には加工施設を増設した。ジェラートの加工室には1日150kg処理できる機器を導入。1日の生産量を現状の60kgから300kgに高める。ジャムやプリンも製造する。隣の惣菜室では瞬間冷凍機器を導入。カレーやハンバーグなどのレトルト食品もつくっていく。

乳用としての役目を終えた牛の肉はハンバーガーのパテに

冒頭で述べた通り、伊盛牧場の特徴は「乳肉兼用」。伊盛牧場は役目を終えた乳牛を専門業者に委託してと畜と解体、精肉にして、それでハンバーガーのパテをつくる。これにより乳量が落ちてきた牛はすぐにと畜できるようになり、牛群の更新が合理的になった。といっても、ハンバーガー用の肉は自社生産だけでは量的に賄いきれないので、県産に限って仕入れもしている。

一方で肥育を始めることも検討中。前述したように、伊盛牧場は北海道から乳用の子牛を仕入れている。飼育しているうちに、事故が少なかったり乳量が多かったりする優良種が存在する。それを母牛として、優良な雌牛だけを選抜してきた。
つまり優良な素材はいくらでも持っている。それを親に掛け合わせ、石垣島の気候風土に合った肥育用のF1品種をつくっていこうと考えている。

「石垣島では和牛って食べられない、値段が高いから。うちが精肉までやって、もっと普通に食べられるようにしたい。嬉しいことに、最近は赤身の肉が人気。我々は粗飼料を自給できて、そうしたヘルシーな牛は育てられる。F1、F2、F3を掛け合わせて、石垣島の気候風土に合った牛をつくりたい。我々は乳牛で交配をしてきた経験があるから、肥育についても難しくはないと思っています。あとは土地とのバランスです」

土地とのバランスを取りながら

伊盛さんがいう「土地とのバランス」とは、粗飼料を自給できるかどうかということ。伊盛牧場はこれまで粗飼料をすべて自給しており、今後もこの方針を変えるつもりはない。増頭すれば、それだけ草地が必要になってくる。
「今の農業はみんな工業でしょう。これは間違っていると思うので、土地とのバランスを検討しながら、牛の頭数を増やしていかないと。そのバランスが崩れると、何をやっているのか分からないということになる」

とはいえ、これが簡単ではない。石垣島では農地がなかなか手に入らないからだ。坪単価で3000~4000円するという。1haで換算すれば1000万円前後というから驚く。何しろ府県の30倍を超える価格だ。それだけ観光用の開発地として需要があり、伊盛さんも声をかけられたことがある。
そんな状況なので、今後はじっくりと土地を選びながら、一方で粗飼料の生産性を高めるため、3年に1度は草地を更新するなど、工夫を凝らした経営を心掛けて行きたいと語った。

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