2020.04.30

過酷なマリンフィールドでの作業支援・代替を可能にするヤンマーの「海上の自動化技術」

自動車や農業機械の分野で、自動運転技術の実用化が進むなか、船舶の分野でもこうした動きが活発になっています。ヤンマーでも、2017年の無人海洋調査船「ロボティックボート」の開発を皮切りに、自動航行や自動着桟システムの実用化に取り組んできました。漁業の人手不足などの問題が深刻化するなか、船舶におけるさまざまな自動化技術を通して、安心して仕事・生活ができる社会の実現を目指す、海上の自動化技術への取り組みを紹介します。

人手不足や安全性の向上を背景に、開発が進む海上の自動化技術

世界的な人口の増加を受け、海の養殖市場が右肩上がりで伸びる一方、国内の漁業人口は年々減少しており、人手不足が深刻な問題となっています。また漁業をはじめとする洋上での仕事は、天候に左右されることが多く、安全性の向上は長年の課題となっています。

こうした背景を受け、海洋の自動化技術はここ数年で大きく変化してきました。欧米メーカーも自動着桟・運行技術を発表するなど、海上の自動化技術は急速に技術が確立されてきており、より高精度なものを生み出すため各社がしのぎを削っています。

わずか数十センチの誤差で、自分のいる位置を特定

海上の自動化技術で、最も困難といわれているのが着桟です。ヤンマーでは2017年から、この自動着桟の実用化に着手。実用化の第一歩として、2018年に初期型を完成させました。

「自動着桟で一番のポイントは、自分の位置を把握する自己位置推定の精度の向上です。ただ世の中にあるマリン用GNSSは、数メートル単位でずれが生じるのが課題でした。そこで初期のシステムでは、位置を正しく把握するための補正信号を送るRTK(Real Time Kinematic)という設備を港湾側設置。誤差を数十センチまで縮めました」と語るのは開発を担当した嵩さん。ヤンマーのロボットトラクターでも採用しているこの技術の採用で、自己位置推定の精度は大幅に向上したと語ります。

2017年の無人海洋調査船「ロボティックボート」の開発から、海上の自動化技術の開発に携わっている、ヤンマーホールディングス㈱中央研究所の嵩 裕一郎さん。

一方自動着桟には、船の制御の方にも課題がありました。車両と船舶の大きな違いは停止時の状況です。車両は停車すればその位置から動くことがありませんが、船舶の場合は停泊中でも真横に流されることがあります。流されたものを戻す力をどのように得るかは、制御側の大きな課題でした。

ヤンマーが自動化のために採用したのは、2機のプロペラと舵を持つ2軸2舵の船。この形態は一つひとつのプロペラの動きを制御することができるので、1軸1舵の船よりも小回りが利きます。さらに横方向に動かすための動力装置“スラスター”を搭載すれば、どの方向へも動かすことが可能になります。ヤンマーではまずは船種をそのタイプに絞って開発を進め、短期間での開発を成功させました。

着桟までの時間を、約4分から2分30秒まで、大幅に短縮

この自動着桟の技術は、2019年3月のジャパンインターナショナルボートショー2019に出展され、各方面から注目を集めました。ただ業界からの反響は大きかったものの、この時点では、実用化までにはまだまだクリアしなければならない課題がありました。

その一つが自動着桟のスピードです。「初期型の自動着桟は、制御の特性から速度を出せないという欠点がありました。速くても0.5m~1m/sなので安心感はありますが、港湾内では煩わしい上に他の船の邪魔になります。そこで着桟体制に入るまでは、マリンの世界で実用化されているオートパイロットという一般的な自動の操舵角制御を採用し、その二つの制御がスムーズにつながるようにしました」と語るのは、長年操船システムや制御系の開発を担当してきた原さん。この技術により、港湾入り口から着桟まで約4分かかっていた動作を、約2分半まで大幅に短縮しています。

2008年の入社以来、自動の操船システムや制御開発に携わってきた、ヤンマーホールディングス株式会社 中央研究所の原 直裕さん。

また開発チームでは着桟の安全性と自由度を上げるための開発にも取り組みました。初期型のようにRTKを使用した着桟は、港湾側に設備を設置した場所にした着桟することができません。また自分の位置を知るセンサーを搭載しているだけなので、周囲の環境はお構いなしに船が動いてしまうという危険もありました。

そこで、周囲の環境を詳細に把握できる3D-LIDARという装置を搭載。GNSS(Global Navigation Satellite System)との組み合わせで周辺の情報を取得し、それをもとに自分の位置を修正するシステムを構築しました。自分で障害物を見つけて航行できるため、港湾内をより安全に航行できるうえ、RTKがないため停泊したい場所への着桟が可能に。また沖合の自動航行においても、3D-LIDARとマリン用レーダーを組み合わせることで、これまで認識が困難とされていたブイの位置まで細かく特定することができ、安全な航行と同時に精密な地図の作成ができるようになりました。

経路生成も完全自動化

もう一つ大きな改良が加えられたのが、経路作成の方法です。

「安全を考えると、より衝突リスクの低いシステムが必要でした。そこで船舶以外の分野からも使えるものを探し、屋内を移動するロボットなどに使われているシステムを採用。自動航行・着桟システム用に加工したのです」と語るのは、システム開発を担当した福川さん。

2016年から「ロボティックボート」のプロジェクに参加。以降、自動着桟システムや、マリン系の自動操船技術の研究開発を続けているヤンマーホールディングス㈱ 中央研究所の福川 智哉さん。

これまでのシステムでは、目的地に向かうための経路を決める際、出発点と到達点の間にいくつかの中間点を人が入力する必要がありました。今回のシステムでは、周辺の情報を正確に把握できるため、自動での経路生成が可能になります。ただ、一般的に採用されている経路生成システムでは、障害物のぎりぎりを攻めてしまうという欠点がありました。このシステムの完成により、操縦者は出発点と終着点を入力するだけで済む、自動の経路生成が実現したのでした。

海上の自動化分野で他社を一歩リードするヤンマー

現在、ヤンマーの自動航行・着桟システムは、開発メンバーが「ここまで完成しているところは他にない」と口をそろえるほど、海上の自動化分野を一歩リードしています。ただ一方で実用化までは、航行速度の改善や悪天候での安定性といった課題もあり、これらの改善に向けてさらなる開発が続いています。開発メンバーが最終的に目指すのは、完全無人化も含め、過酷なマリンフィールドでの作業支援・代替となる「人を超える」技術。最大の作業効率を、最小のマンパワーで実現し、安心して仕事・生活ができる社会を目指す、未来の海を担う技術が、一歩ずつ、着実に実用化に向かっています。